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当サイトは2015年2月14日の公開予定「BAD MEDICINE -infectious teachers-」のwebアンソロジー企画です。
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小説

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この度参加させていただきました夜桜です。
なんか秋から冬の季節の変わり目に書いたものなので書完全冬物です。
一応加修×  のつもりですが、片思い系だったりします。
ちゃらけた加修はいませんので悪しからず。






【Despair following the paradise】



なんで、どうして、なにがいけないの。
なんで失敗するの。
何を間違えているの。
配合も、何回やっても上手くいかないし。
何度目?
数えるのも億劫になるほどに実験しているのに。
彼女に会いたい一心でここまで生きているのに。
「ああ!もう、なんで上手くいかないんだよ!」
苛立ちが臨界点を超え、僕は実験台の上にある実験器具を手で払った。
高い実験器具。
でもまた申請すればすぐに買ってもらえる。
「いらいらする、いらいらするいらいらする!」
窓越しにうっすらと橙色に染まっている空を見上げるとそれは嫌なほど綺麗に僕の目に映った。
時刻は午後四時を過ぎていた。
「もうすぐ冬…か」
真っ白な雪に咲いた赤黒い花。
そこに横たわる、僕の、大切な人。
今でもその光景は鮮明に蘇ってしまう。
忘れたくても、忘れられない光景。

『え…?』
『ね、ねぇ、な、なんでそんなところで寝てるの…?』
真っ白な雪に、ついさっきまで隣に立っていた彼女と、傷だらけの白いピクシス・エポック、そして、赤黒い血。
僕の隣で楽しそうに笑っていた彼女が、雪の上で寝ている。
『ね…え…?』
僕の時間はそこで止まった。
車が走っていく音も、人集ができる光景も何もかもわからなかった。
ただ、僕は彼女のそばに駆け寄り、その身体を抱きしめていた。
『目、開けて、よ…開けてったら…!!』
誰かが病院へ連絡する声も、何も聞こえなかった。
それから僕は、彼女の運ばれた病院の医師から死という言葉を聞くまで現実を直視することは出来なかった。
彼女が死んだその日は、十二月二十四日はクリスマス・イブだった。
これから一緒に僕の家へ行って、彼女をもてなして、楽しいクリスマスを過ごす予定だったのに。

冬に彼女は死んだ。
僕の大切な人は。
「……!」
あいたい、あいたい、あいたいあいたいあいたい。
早く、早く作らなきゃ。
彼女に会える薬を。
作らなきゃ。
化学準備室から新しい実験器具を持ち出し台に並べたところで化学室の扉がノックされる音がした。
「誰かな…、はいはーい、すこーし待っててね!」
扉を開けるとそこにいたのはいつも角砂糖を差し入れてくれている翔クンだった。
「あー翔クン!どうしたのー?何か化学室に忘れ物かなっ?」
僕は翔クンに苛立ちが悟られないように出来るだけいつもの「元気な空回りする加修レム」で対応した。
「お前んとこに忘れ物なんかするかよ、ただまだこっちの電気がついてたからまだ実験してんのかーって思ってな」
「えー、それは当たり前だよー。実験は楽しいからね!当たり前だよ?」
さも、翔クンってばそんなことも忘れちゃったの?というように【ボク】は笑った。
「……後ろの実験器具って」
「え?」
それだよ、と翔クンは後ろの床に散らばった始末していない器具を指さした。
「あれはねー、どの器具がどんな形で床に落ちるかの実験だよ!翔クンも一緒にやる?」
「やらねえよ、オレはこれから帰るんだっての。じゃあな」
「あっれー?やらないの?楽しいのにー!」
「オレはこれからデートなんだっての。ったく」
そう言い残し翔クンは歩き出した。
ボクはそれを笑顔で見送っていた。
「まったねえ!」
翔クンの姿が見えなくなったところで僕は扉を閉めた。
「後始末しよっ」
空が完全に橙色に染まった午後四時三十分。
僕はもう一度空を見上げて、実験を再開した。
「待っていてね。必ず君を……」
(そのさみしい場所から救ってあげる)

次の朝になっても僕の実験は続いていた。
朝の職員会議の後も、授業のないときもずっと別の実験よりも蘇生薬の実験をしていた。
放課後になり、SHRも終わる頃になっても、ずっと続けていた。
イケニエちゃんが来ることも忘れて。
「ああ!もうなんで出来ないの!?完成出来ないの!!」
「先生…?」
化学室の扉の向こうから小さな声が聞こえてきた。
その声は今はいない僕の一番大切な人を思い起こさせる。
『レム…?』
「っ!?………はぁ」
「先生、あの…居ないんですか?」
「イケニエちゃんじゃない!」
明るい声で僕はイケニエちゃんがいるであろう、扉の前に寄り掛かった。
「あ、あの…?」
「ああ、ごめんね。今日も実験の手伝い、してくれようとしたんだよね」
「はい、それが約束ですから」
「約束…か…」
小さく溜息をついたあと君は言葉を続けた。
「約束ですし、それに先生は今あの人を生き返らせる薬を作ってるんですよね?だったらお力になりたいですから」
「うん、その気持ちは先生とぉーっても嬉しいな、でも今日はいいよ、ボクなら平気。ね、キミのお気持ちだけ受け取っておきまーす」
「……わかりました、では失礼します」
そう言って君の足音は扉から遠ざかった。
「……力になりたい、か」
きっと君は蘇生薬は完成しないとわかっているんだよね?
でも僕を失望させないために黙ってる。
黙っているのは君なりの気遣いなのだと、それも重々承知だった。
でもその気遣いが、
「いらいらするなあ」
どうにか怒りを抑えようとしても抑えられるものではなかった。
「もう、いやだ」
耐えられない、一日たりとも耐えられない。
彼女に会いたい、ひと目でいい彼女の姿を見たい。
夢で会う幻影じゃなくて実物の彼女に。
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい…!
一秒も先に、
「あいたい、よ……っ!」
扉の前に座り込んで記憶の中の彼女に手を伸ばした。
でも僕の手は彼女に届くことなく彼女は跡形もなく消えてしまう。
「あの方に、ですか?」
ふと聞こえる声が僕を記憶の底から現実へと引き上げる。
その声の主は、翔クンでもなく、他の先生でもなかった、さっき帰っていったはずの君だった。
「なんで…?帰ってったんじゃないの?」
「帰ろうかなって、思ったんですけど…」
そこで君は口を噤んだ。
「もしかして、ボクの様子、変だったかなあ?」
軽い調子で僕は君へ言葉を投げかけたが君は無言だった。
僕にはその沈黙が肯定の返事だと捉えた。
「そっかあ、変かあ」
「先生は、きっと完成させます。先生ならきっとできますから、先生の大切な人にも会えますよ」
急に扉が軋む音がした。
きっと彼女も扉に寄りかかっているのだろう。
「うん、ありがとうね」
僕はただそう君に向け、言葉を発した。
ふたりして扉に寄り掛かり、何分経っただろう。
「ねぇ、まだ…いる?」
「はい、居ます」
当然のように帰ってきた返事は凛とした声色をしていた。
僕は立ち上がり、扉を開けた。
すると彼女も立ち上がり、僕は化学室の中へ入っていいと口にした。
なんで君を今化学室に入れたのかはわからなかった。
イケニエちゃんが入ったのを確認して扉を閉めた。
「……椅子に座りなよ」
「いいんですか?」
「いいもなにも君は僕のお手伝いじゃない」
「なら、お言葉に甘えて」
少し遠慮気味に彼女は笑った。
イケニエちゃんと彼女はどこも似てない。
全くと言っていいほど接点が見つからない。
でも…。
「どうしてだろうね」
「加修先生?」
「どうして…」
彼女の面影が重なってしまうのかな。
僕はそんな疑問を抱きながら目の前にいる、君を抱きしめた。
「へっ?あ、あの…加修先生!?」
「ごめん、これも実験の一環だよ!君を抱きしめたらどんな反応するかの実験!」
声を明るくし、いつものノリで答えた。
「もー、先生、離してください!」
「だーめっ、もう少し」
先生、と小さなため息つきで君は僕の腕の中で大人しくした。
君を抱きしめたのは一分にも満たなかっただろう。
「うん、ありがとう!いいデータが取れたよ」
満面の、偽った笑みを彼女に向ける。
「……ならよかったです」
「あ、ねぇもう帰りなよ、もうすぐ下校時刻じゃない?」
時計の針が差していたのは午後六時五分前だった。
「チャイム鳴るよ、ほら、帰らないとまた校則違反で指導しちゃうよー?」
「さ、さようなら!」
指導という単語を聞いた後彼女はすぐさま化学室を出て行った。
「……はぁ」
理解不能だった、なんでイケニエちゃんに彼女を感じてしまったのだろうか。
「わかんない、けど」
僕はすぐに実験の準備をした。
もう暗闇に包まれる空を眺めながら、彼女の孤独を嘆きながら。

もうすっかり夜も更けた頃、僕は数分だけ仮眠を取っていた。
「…はぁ、はっ…は、はぁ…は…」
魘され目を開くと目の前にはアルコールランプの炎だけが揺れていた。
「ゆ、め…?」
夢だとわかり絶望する僕がいた。
それはそうだ。
彼女が生きていたら…なんて夢、幸せであの夢が現実だったらどれだけよかったか。
でもその幸福な夢がなぜか悪夢に思えていた。
そっか、これは――。
(君が見せた悪夢なんだね)
彼女のいる幸せの続きに待っているのは、彼女のいない絶望なのだから。
「いや、だよ」
もう一人は嫌だ。
さみしいのは嫌だ。
君の元へ行ったら、君は怒るのかな?
君は、僕を叱ってくれるのかな?
昔みたいに君は「仕方ないな」って言いながら呆れて笑ってくれたりするのかな?
「あいたかった」って、言ってくれるかな?
寂しくならないかな?
君に、また会えるのかな?
君をこっちに呼ぶのよりも、君の傍に僕が行ったほうが早いのかな?
なら僕は、今度こそ……。
(君のもとへ行くよ)
この世への未練も、全て捨てて君だけのそばに。

「どうしよう、どうやって、君の元へ行けばいいのかな?」
彼女のところへ行こうとしてもどう行こうか、僕にはわからなかった。
「あ……」
僕の頭に浮かんだのは彼女が死ぬ場面だった。
「そうだ、彼女と同じように死ねば、きっと…」
きっと彼女のもとに行くことができる。
彼女が死んだ時と同じように。
やっと彼女に会えるのだと思うと僕の胸は大きく高鳴った。
それでも、今ひとつどこかひっかかる。
そんな僕の頭に浮かんできたのは僕が望んでいた彼女ではなく、君の笑顔だった。
「イケニエ、ちゃん…?なんで、君が、?」
この世に未練なんかないはずなのに、彼女に会いたいって今それだけを考えていたはずなのに、どうして。
「どうして、君の顔が頭に浮かんでくるんだよ…っ!」
君が転校してきて、最初から今まで、最後までお気に入りの実験材料だって、ただそれだけを感じていたはずなのに。
僕のわがままに付き合ってくれてた。
応援してくれていた。
完成させることは出来ないと心の中で思っていても「先生なら出来ます」と励ましてくれていた。
うるさかった。
「……そ、っか…僕は、今になって…」
――君の存在に気がついたんだね。

空が高い。
今は生徒たちの下校時刻だった。
遠目で学園が見える路地裏に僕は座り込んでいた。
「あと、十分」
僕は目を閉じ、色々と考えた。
彼女のこと、学園での出来事、翔クン達のこと、イケニエちゃんのこと。
「楽しかったなあ…イケニエちゃんも、みんな」
初めて翔クンと話したこと、イケニエちゃんに指導したこと、どれも輝いていた。
近くに有る時計を見ると針は三時二十三分を指していた。
道路脇には学生がちらほらと見えた。
「あ…!」
あと一分。
イケニエちゃん、僕が居ない化学室でどんな反応をするんだろうな。
五十秒。
慌てるかな。
四十秒。
僕を探すかな。
三十秒。
それとも、化学室に寄らないのかな。
二十秒。
車が僕の視界に入った。
十秒。
イケニエちゃん―。
五秒。
僕は車に飛び出すように向かって走った。
ゼロ。
でも僕の意識ははっきりしていた。
座り込んで、黒い軽自動車と、女の子が僕の目の前で倒れているのが見えた。
「え…?」
その女の子は、僕の知っている女の子に似ていた。
僕のお気に入りの君によく、似ていた。
「な、なんで…?」
どうして君が僕の目の前で倒れているの?
真っ赤な液体をを流して、倒れているの?
「イケニエ、ちゃん…?なんで、どうして!君がそこにいるの!?ねえ!!」
座り込んだまま、僕は彼女に声をかけるように続けた。
「イケニエちゃん?」
すると彼女は僕を見た。
「せん、せ…っ」
(どうして……)
声にならない声で君は唇を動かした。
「っ!…どう、してって、こっちの台詞だよ…なんで邪魔したの…!」
学生や、住民の悲鳴。
あの時と一緒だ、あの時もこうして、うるさかった。
病院に搬送され、彼女は即死だったと医師から告げられた。
僕は彼女に会うことができなかった。
会えるはずがなかった。
僕のせいで死んだんだから。
どんな顔をして会えばいいのか、わからなかった。
僕は医師から彼女の即死を告げられすぐに僕の隠れ家へ行った。
走って、息を切らしながら、君から逃げるように。
「……はぁ……はっ…ん…はぁっ……」
森の奥深く、隠れ家へ着くと僕は扉を閉め、床に倒れ込んだ。
「なんで、どうして…!君が、しぬ…のさ…」
「死んでなんて…言ってないよ、イケニエちゃ……っ」
「イケニエちゃん、君は、なんで、僕を、かばっ…たり…なんか!」
「かばえなんて、言ってないよ…!死なないで…、イケニエちゃん…」
死なないで、なんて言ったところで君が戻ってこないのはわかっているはずなのに、頭が理解に追いつかない。
彼女が死んだのはこの目でわかっているはずなのに、それを肯定することができない。
「うっ…あ…うあああああああああああああああああああああ!」
叫びながら見えた真っ青な空は大切な彼女を失った日の空によく似ているように見えた。
その日の夜は皆既月食だった。
赤く染まった月が僕を責め立てる。
「ボクのせいじゃない、ボクの、せいじゃ…違う、違う…!」
(僕のせいでイケニエちゃんは死んだんだ)
「ボクの…せい…で、ち、ちがう…あれは君が勝手に飛び出して…」
(でも僕が飛び出さなかったらイケニエちゃんが飛び出すこともなかった)
「イケニエちゃんが勝手に飛び出して、なんで…ボクの…せい?」
(そうだよ、僕の、せいだ。僕が死のうとしなかったら彼女は生きてた)
「ボクが、ボクが…殺した、の…?」
(僕が強かったら、イケニエちゃんは生きてた)
「よ、わい…ボクのせい…?ボクが殺した?イケニエちゃん、を…」
涙の膜を張った瞳で赤い月を見上げると、イケニエちゃんの指導の時に見せた絶望に染まった顔が浮かんだ。
「っ!」
月から目を背けたいはずなのに、窓越しに見える月から目を背けることは叶わなかった。
それまで流れなかった涙が一筋と頬を伝った。
涙とともに溢れるように君がいないという現実を無理やり直視させられた。
「……ご、めん、ごめん…なさい、イケニエちゃん…っ、ごめん…」
君の存在に気づくのも、君の大切さに気付くのも、全てが一足遅いなんてね。
―――――ごめんね。

彼女がいなくなって一週間が経とうとしていた。
自宅に戻ることはなくずっとこの小屋で過ごしていた。
僕の携帯は引っ切り無しになり続いている。
着信は翔クンと学園が殆どだったけれど出る気にはならなかった。
「一言、言って出てくれば…よかった…かな…ふぁぁ…」
今まで一睡も眠れなかったせいか急な眠気が僕を襲った。
「ごめんね…イケニエちゃん…」
このまま目を覚まさなければいいのに―眠りにつく頭の片隅でそんなことを考えていた。
このまま目を覚まさないで彼女や君のいるところに僕を連れて行って、と。

(レム、どうして…)
(先生、どうして…)
そう言いながら今はもう居ない彼女達は僕の目の前に立っていた。
「え……」
彼女たちの後ろには赤い月。
星も何もない暗闇にぽつりと浮かぶ赤い月。
月食は終わったはずなのに、あの日のまま赤く染まっていた。
(どうして…)
彼女たちの声が重なり僕は思わず後退った。
後退ったことをきっかけに僕はその場から逃げ出すように走り出した。
どこまで行っても逃げられないって知っているのに、足を止めることは出来なかった。
逃げながら、ごめん、と言うことしかできない僕を許して。
弱い僕を許して、そう願いながら暗く深い絶望の闇へ足を踏み入れた。

その晩もその次の夜も、眠るたびにいつも同じ夢を見る。
その度に目を覚ます。
まるで眠ることは許さないと、お前を許さないと、そう言われているようで。
「も、いやだ…いっそのこと殺してよ!」
人の恨みで人を殺すことができるのなら、今すぐに僕を殺して。
イケニエちゃんを殺した罪は彼女に会えない苦しみを倍増させた。
どうしたら、この苦しみから解放されるのだろう。
生き続ける限りこの苦しみが付き纏うのなら。
僕は自分勝手に苦しみから解放されるために、死ぬよ。
(弱いな、僕は)
僕は立ち上がり、学園へと足を動かした。
街へ行き時計を見ると夜中の一時を指していた。
この時間なら誰もいないだろうと僕は走り出した、僕の死に場所へ。

屋上に出て、僕は足を止めた。
星は煌めいていて都会だということを忘れてしまう。
「きれいだなぁ…」
こんな夜に死ねるなんて幸せだな、素直に思ってしまった。
「ごめんね」
最後にこの世に居ないふたりと、大切な友達の翔クンに謝った。
フェンスを越えると強い風が直に当たり、このまま下に落ちる死を直感した。
だがそのまま落ちることはなかった。
風に委ねて死ぬという死の快楽が背筋を走った。
そのまま僕は立ち尽くした。
強い風が吹く度に僕は彼女達を想った。
今までの人生を思い出した。
学園での出来事を思い出した。
彼女との思い出を思い出した。
君との出来事を思い出した。
瞳を閉じ、最後の風が来るのを待った。
瞼の裏に二人の姿が浮かんだ瞬間、僕の体はぐらりと揺れるのを感じた。
――さようなら。


「最初で最後の手紙だよね。
誰にも書いたことのないから何書けばいいのか緊張します。
まず、僕の何よりも大切な君へ。
君へ、なのかな、よくわからないや。
愛してた、ううん違うね。
愛してるよ。
僕が生涯で愛してたのは君だけだと思う。
でもごめん。
僕が君を殺してしまったね。
あの日、クリスマスの日に僕が家に連れて行かなかったら君は死ななかったのに。
僕がわがまま言わなかったら君は轢かれなかったのに。
君がいない世界を知って初めて君の大切さを知るなんてね。
本当に僕は全部遅いね。
君に対しても、イケニエちゃんに対しても。
毎夜毎夜君を想ってたよ。
君がいない夜は寂しくて、もう僕のそばにいないんだって思うと自然と泣いちゃうんだよ?
この僕が…だよ、おかしいでしょ?
でもね、君の代わりに僕と遊んでくれた子がいるんだ。
イケニエちゃんって言ってね、僕の我侭に「仕方ない」って顔しながらも楽しく遊んでくれる子だったんだ。
もちろん君がいなくて寂しかったけど彼女がいてくれた日は寂しくなかったんだ。
一日を思い出して、「楽しかったなー」って思えるんだよ。
それなのにね、その子を壊しちゃったんだ。
君と同じように殺しちゃったんだ。
君のいるところに行こうとしたらね、イケニエちゃんが逝っちゃったんだ。
僕を庇って死んだんだ。
僕が逝くはずだったのに、イケニエちゃんがね。
君とイケニエちゃんが死んだ後、眠るたびに悪夢を見るんだ。
眠るたびに見る悪夢。
僕は逃げるよ、君とイケニエちゃんから逃げるよ。
ごめんね…。ごめん。
イケニエちゃんは僕にとって、かけがえのない存在だっていうことも、救われてたことも、居なくなって気づいたんだよ。
僕は耐えられないよ、君のいない現実にもこれ以上耐えられないし、イケニエちゃんを壊した罪を背負って生きていくことも耐えられない。
ごめんね、だから僕は君たちを壊した罪を背負って地獄にいくよ。
さようなら」

オレは屋上のベンチでレムが書いたであろう手紙を読みながら曇り空を仰いだ。
化学準備室のデスクの引き出しの奥深くにあった手紙。
「……馬鹿じゃねーの…ほんと、ばか…だよ、っ」
ライターを取り出し一通の手紙を焼いた。
火が移った紙切れはオレの手を離れ床へ落ちた。
しばらく燃えている手紙を眺め視線を再び曇り空に移した。
見上げるのと同時に一粒、また一粒と雨が降ってきた。
それはまるで、あいつ、レムを庇って死んだ転校生が泣いているようで。
「はぁ、相変わらずだな、お前は。ったく、……じゃあな、レム」
「失礼します」

私は放課後、化学の課題を提出しようと化学準備室の中に入るが先生の姿は見当たらなかった。

机に置いて帰ろうとした時、後ろから声がした。

「あれっキミ、何か用事があるの?」

その声に反応し、後ろを振り返る。

「加修先生。あの課題を提出しに来ました」

私がそう言うとそっかと言い、頭を撫でてきた。

その時、先生は私の変化に気づいて距離を縮めてきた。

「キミ、いい匂いがするねぇ」

私はそう言われて今日の調理実習でお菓子を作った事を話す。

「あの良かったら、先生どうですか?」

そう言いながらバッグからラッピングしたお菓子を取り出す。

「はい。加修先生」

私は加修先生に手渡した。
「えっもらっていいの?」
先生は少し驚いた表情で私の顔を見る。

「はい」

私は笑顔で返事をした。

「それじゃ失礼します」

そう言って彼女は部屋から出ていく。

ボクは彼女が行った方向をじっと見ながらなんとも言えない感情が芽生えはじめていた。

「ボクはキミの甘い匂いにあてられたのかな…」

もらったお菓子の包みを見て小さく呟いた。
 バレンタインデーと言えば、女が男にチョコレートを送ったり送らなかったりするイベントだが、
聖クリストファー学園では少し様相が異なる。

「今年もこの日がやってきましたね……。
 今日は僕の指導官達が、どれだけ校則違反した生徒を摘発するか、
 楽しみで楽しみで仕方がないよ……」
理事長ーー東條海里は理事長室で一人、
カレンダーの日付を見つめつつ含み笑うのだった。

「校則では食べ物は持ち込み禁止ですよ」
虫も殺すことも出来ないような人畜無害な笑顔で生徒から菓子を没収する教師の名は柳遼太。
「あ〜らら、いけないんだ〜!
 こ〜いうのは、ガリッガリッ、キミタチは、ガリッガリッ、
 持ってきちゃダメなんだよぉ!」
「おいレム、菓子食いながら言ってちゃ説得力も何も無いだろうが」
砂糖菓子を頬張りながらお菓子を没収する加脩レムを左手で諌めつつも、
その右手で生徒から可愛い菓子のラッピング袋を取り上げる男の名は葛葉翔という。
「……全く。どうしてルールを守ろうとしないんだ」
凪原大貴は没収されていく生徒たちの姿を見つめつつ、ため息をつく。
「ダメだ。没収は没収だ」
『返してください』と訴えかける生徒に、志奴要は断固として首を振って拒否をする。

 バレンタインに描かれるのは校則違反でチョコレートを持ってきた生徒と
それを没収する教師たちとのいわば地獄絵図とも言える。
そんなことは露知らず、一人の女子生徒が学校に通ってしまうのだったーー。

(今日はバレンタインデーだもんね。
 友達にチョコレートを持っていったら、皆喜んでくれるかな……?)
 2月14日。
鞄の中は準備バッチリ。
私はこの日の為に、いそいそとチョコレートを準備していたのであった。
「ヒナちゃん、おはよう!」
「おはよう! 今日、バレンタインデーだよね。チョコ作って来たんだ」
 隣の子に渡そうと、私は鞄の中からチョコレートを取り出す。
すると、隣の子の顔が途端にさ、っと青ざめた。
何か、焦っているようだった。
そして彼女は私に耳打ちするように手招きをして来た。
「ねえ、ねえ、それ! 早く仕舞って!」
「どうして?」
「お菓子は校則違反なんだよ?
 気持ちは嬉しいけど、もし先生達にバレたら殺されるって! 仕舞って!」
「え、えええええっ!?」
(し、知らなかった……)
私は急いで差し出そうとしたチョコレートを仕舞うのだった。
「大丈夫大丈夫。一日乗り切ればオッケーだから。頑張って誤魔化すしかないよ」
「うん……」
 そうは言うものの、ちゃんと一日乗り切れる自信なんかない。
(急に緊張してきた……)

 一時間目は葛葉先生の世界史だった。
「おーっし、授業始めるぞ。席着け席ー」
 その声と共に、まばらにちらばっていた生徒達が一斉に着席を始める。
「おい、川奈」
「は、はい!」
 先生は私の体の匂いをくん、と嗅ぐと訝しげに顔をしかめる。
「なんかさ、お前から甘い匂いがするんだけど、これって俺の気のせいだったりするワケ?」
「何の事ですか?」
皆が見ている中で、私の机に近づいてきて、鞄の中を訝しげに見る葛葉先生。
授業が始まって5分も経ってないのに、急に嫌な汗が背中に伝うのを感じる。
女子生徒の嫉妬やら羨望やらの視線がすごく痛い。
(絶体絶命のピンチな上に、そう見られると困る……)
「しらばっくれるなよ。今日はバレンタインデーだろ?
 持ってんじゃねえか? チョコレートとか、チョコレートとか、チョコレートとか……よ?」
図星だ。まさに蛇に睨まれた蛙状態。
「……っ」
「……目泳いでるけど?」
(早くも見つかるとか、そういうオチ……?)
葛葉先生の追及の手は私のカバンに伸びると思いきやーー急に手が引っ込められた。
(……え?)
「なーんて、な。
オマエがそんな事をする悪い奴じゃねえって、信じてるからよ。
それより授業だ授業」
私にウインクをしてくるりと踵を返した葛葉先生は、授業に戻っていった。
(……助かった、の?)
未だに信じられない。
とにかく、一時間目は直接チョコレートが見つかることなく過ぎていった。

二時間目は志奴先生の英語だった。
(見つかりませんように見つかりませんように見つかりませんように……)
志奴先生の一挙一動が気になって仕方がない。
(大丈夫、まだバレてない。先生は黒板に背中を向けてるし、
 授業中こちらはあまり見ていないようだし……)
「だから、この英文は……おや?」
志奴先生が振り返り、先生の視線が私の方を訝しげに刺した。
(ま、まさかバレた……?)
「は、はいっ!」
「……おいおい、何だ? 大きな声をあげて。
 まさか居眠りしていたわけじゃないよな?」
「寝てはないです!」
口調は揶揄うような調子だったけれど、こちらに視線が向くこと自体まずかった。
もしそこから近づかれて、カバンの中身を見られたら本当に、まずい。
「……『寝てはない』ということは、他に何かしていたのか?」
「……うっ……」
自然と墓穴を掘っていたようだ。
「どうなんだ?」
「……」
「……」
気まずい沈黙が続く。
下手なことを言うとますます墓穴を掘りそうだ。
(もうダメだ……)
沈黙を破ったのは、諦めたような志奴先生の苦笑いだった。
「……まあ、いい。君をこれ以上からかっても仕方がないからな。授業を続けるぞ」
(……ま、まずい……)
かといって、これでタダで済むとは思えなかった。

お昼休みは気持ちが休まるかと思ったが、そうもいかなかった。
食堂で加修先生が、私の隣の席に座ったのだった。
「一緒にご飯た〜べよ♪」
「えっと……」
ここで断っても不自然だ。
なにか上手い言い訳が思いつけばいいけれど……。
「嫌?」
「えっと……」
「もしかして誰か来るの?」
「そういうわけじゃないですけれど……」
「じゃあいいよね?」
そう言って有無も言わさず加修先生が隣の席を陣取ってくるのだった。
(ああ……完全に言うタイミングを逃してしまった……)
とりあえず、昼食を、と思い持って来たお弁当を広げるのだけれどーー
「くんくんくん……あっれれ〜? おっかしいな〜?」
加修先生が素っ頓狂な声を上げたので、びっくりしてしまう。
「チョコレートみたいな匂いなんだけど、しない?」
(ど、どうしよう……。
 同じ鞄の中にお弁当が入っていたから、お弁当箱に
 チョコレートの匂いが映ったのかな……?!)
私を捉えるように見つめる加修先生。
「し、失礼します……!」
「ちょ、ちょっとぉ! キミ、ご飯全然食べてないよ?!」
慌てる加修先生を尻目に私は食堂を後にしたのだった。
「……怪しいなぁ……本当、怪しい」

昼休みを挟んで、午後には柳先生の公民があった。
お昼ご飯が食べられなくてお腹が減っているけれど、それどころではない。
もう今日という日が平穏に過ぎれば、それでよいとすら思えた。
(よかった……今回は、バレることはなかった)
柳先生の視線はこちらに一度向けられただけで、それ以降は何事もなく授業が過ぎていった。
けれどーー
「……ちょっと君、いいですか?」
廊下の外に呼び出され、人気のないところにまで歩かされたのだった。
「……先生、何の話ですか?」
「先生は君が何をしても何も言いませんから。
 川奈さんが持っていても、大目に見ますよ」
まさか、チョコレートのことが分かった上で、わざと揺さぶりをかけている?
「な、何のことですか……?」
私の言葉を遮るように、柳先生は言う。
「ねえ、君が鞄の中に持っているもの。
 誰にも言いませんから、先生にくれませんか?」
先生の表情は優しい顔から意地の悪い顔に変わっていた。
「……嫌です!」
思わず私は教室に鞄を取りに行くために、廊下を駆け出していた。

「……あ〜らら。いけないなぁ」
「柳先生」
「おや、東條先生……」
「これはこれは、校則違反の現場を目撃してしまいましたね」
「まったく、困ったものです……」
一人の女子生徒の背後で、二人の教師が含み笑うのだった。

(な、なにやっているんだろう……! 廊下は走っちゃダメなのに!)
けれど、ここで止まってもいられない。
(仮病でも何でもいい、早く帰らないと!)
「……ど、どうしたの?!」
友達が心配してくれるけれど、それどころではない。
「今日は、そ、早退! 先生に言っておいて!」
「え、えええええっ?!」
困惑する友達をよそに、私は学校を飛び出したのだった。

その後の数学の授業。
「……早退?」
「はい、そうなんです。急に体調が悪くなったみたいで、
 急いで教室を飛び出して行きました」
その言葉に数学教師ーー凪原が眉を上げる。
「……ということは、彼女は廊下を走っていたのですか?」
厳しく詰問するような口調に、教室内の空気が凍る。
「しかも、教師に許可も求めずに学校を飛び出したとなると……」
(『特別指導』だな……)
その日の数学の授業は地獄のような厳しさであったことは言うまでもない。

「た、ただいま……!」
転がり込むように家の中に入り込む。
家の鍵をガチャリと締めて、部屋に入り込んで部屋の鍵を閉める。
(立てこもり中の犯罪者みたいだよ……)
とはいえ、こんな所までは来ないだろう。
そう思ってベッドの毛布にくるまった矢先ーーガチャガチャと部屋のドアの音がするのだった。

「?!?!?!」
「先生達がお見舞いに来てくれたわよ〜」
お母さんの声だ。
(お見舞い……?! それに、先生『達』ってことは、複数だよね?!)

「お前はいい生徒だと思っていたのに、本当に失望したぞ。……きちんと教えてやる必要があるのか?」
今度は冗談じゃなく、ぞっとするようなことを言うのは志奴先生。
「川奈さん、大丈夫ですか? お友達から聞きましたよ。教室を”飛び出して行った”だとか……」
聞くだけで凍えるような声で言うのは凪原先生。
「オマエチョコレート持っていたんだよな。分かってたぜ?
 でもこうして個人的に問い詰めたほうがおもしれえから、あえて泳がせたら、
 もっと面白いことになったな」
くっくと笑う葛葉先生の言葉。
(やっぱりバレていたんだ……)
「ね〜ね〜開けてよ! キミの作ったチョコレート食べたいな〜!
 キミのカバンに今も入っているんでしょう?」
……ドアの向こうでは舌なめずりをした加修先生が手ぐすね引いて待っている。
「い、嫌です! 開けません!」
「開けてください。そうじゃないと、ドアごと刻みますよ?」
さらりと冗談じゃないことを言う東條先生。
「えっ?!」
「お願いします、海里。そうじゃないと川奈さんとお話が出来ませんし」
柳先生がそれに頷く。
「分かりました。それではーー」
(ま、まずいまずい! ドアを破壊されたら冗談じゃないよ!)
……もう、降参するしかなかった。

私はドアの鍵を開けてドアの向こうに待ち受ける六人の先生達に土下座をするのだった。
「先生、ごめんなさい〜!!!」
その後はーーここでは書ききれないくらい怖いお仕置きが待ち受けているのだった。


〜END〜
 午前中の授業を終えて昼休みになり、食堂へ向かう生徒たちの波を避けながら、凪原は職員室へと戻った。ある程度自由が利く数学準備室でゆっくりすることも考えたが、そういえば今日はまだメールをチェックしていなかったことを思い出し、休憩を取るにしても先に雑事を終わらせてからにしようと思ったのだ。
 職員室の扉を開けると、授業が終わった直後だからか室内にいる教師はまだまばらで、静かな空気が流れていた。せめて葛葉や加修が帰ってくる前までには終わらせて数学準備室に避難したい。あの二人が戻ってくると、この静かな職員室も途端に騒がしくなるのだ。
 パソコンが立ち上がるまでのわずかな時間、煙草に火をつけたくなる衝動を堪える。この微妙に手持ち無沙汰な時間は好きではなかった。授業のことを考えるにも、コーヒーを入れに行くにも短すぎる時間だ。それにすぐにここを出て行くことを考えれば、飲み物を入れたとしても飲みきれないだろう。だったら数学準備室で煙草とコーヒーをゆっくり楽しんだ方がいい。
 軽くため息をついて視線を上げると、ちょうど志奴が職員室の扉を開けて入ってくるところだった。しかも、運悪く目が合ってしまった。
「おや、凪原先生。珍しいですね、昼休みにここにいるなんて」
 さっさと数学準備室に戻って出てくるなとでも思っているのだろう。志奴の思考が読めてしまうというよりは、彼の方があからさまな態度を取ってくるのだけれど。
「えぇ、メールのチェックを怠っていたものですから。今のうちに済ませてしまおうと思いまして」
「……あぁ、そういえば俺も今日は確認してなかったな……思い出させて下さってありがとうございます、凪原先生」
 取ってつけたかのような礼に軽く頷くことで答え、隣の席に座る彼を意識の外へと追いやった。無視をするというよりは気にしないことにしている。
 パソコンの画面を見つめながらマウスを操作してメーラーを起動する。数秒ののちに開いた画面から受信箱を探し、未読のマークが付いている『學園関係』というフォルダを開く。登録してあるメールアドレスを學園関係かそれ以外か、よくやりとりする人物・企業に至っては個別にフォルダ分けしてあるのだ。
 そうして新着メールの件名を何となしに読んだ瞬間、思考が停止した。
「……」
「どうしました?」
 一切の動作を止めてしまったことを不審に思ったのか、志奴が声をかけてくる。ハッと我に返り、平静を装って答えた。
「メールを見れば分かりますよ。多分志奴先生にも同じものが送られているはずですから」
「はぁ」
 若干げっそりしているような声になってしまったが、そんなことを気にしている場合ではない。何よりも最優先で考えなければならないことは、この迷惑メールと言ってしまっていいくらい厄介なメールへの対処方法だ。
「これは……」
 志奴もメーラーを起動して届いているメールの件名を確認したのだろう。パソコンの前で絶句している。だが、それをいい気味だと笑う余裕はない。
 二人に届いたメールの件名には、

<第二回 聖クリストファー學園教師親睦会開催のお知らせ>

 とあった。ただし、送信者は東條になっている。
(東條先生が……何故……)
 宛先は葛葉が幹事だった前回と同じメンバーになっている。だからこそ『第二回』と銘打っているのだろう。
 読み進めることを脳が拒否しているため、内容を理解するのに時間がかかったが、ようするに『また親睦会をやりたいから都合がいい日にちを教えてくれ』という内容だった。
 思わず志奴と顔を見合わせた。彼は引き気味の表情だったが、自分も同じ表情をしているのだろうという自覚はある。
「どうします、凪原先生」
「志奴先生こそどうされるおつもりですか」
 質問に質問で返す。嫌がらせではなく、本当にどうすればいいのか判断がつかないからだ。
 正直、あの五人と行くのであれば辞退したいくらいには、前回の親睦会で懲りている。誰の意見も聞かずさっさと禁煙席を選んだ志奴の勝手さにも、鶏や魚の解剖ごっこと甘いものの話に始終した加修にも、幹事のくせに収拾がつかなくなったとみるや寝た振りを始めた葛葉にも(わざと葛葉に絡んだ部分もあるため一概に葛葉が悪いわけではないが)、のほほんとした顔で我関せずを決め込んでいた柳にも、そして本気なのか演技なのかわからない迷惑な絡み方をしていた東條にも、すべてにおいて辟易しただけの飲み会だったからだ。
 うまい断り方を考えるのも面倒で、いっそもうはっきり行きたくないと言ってしまおうかと投げやりに考えたそのとき、
「あれっ!? 翔クン、翔クン! 海里クンから面白そうなメールが来てるよ!」
「どれ」
 突如加修の声が聞こえてきた。顔を上げると、葛葉が彼のパソコンを覗き込むところだった。うるさい二人組が戻ってきてしまっていたのか、と嘆息する。
「楽しみだねぇ、面白そうだねぇ!」
「ふーん、第二回……親睦会、ねぇ」
 加修と同じように喜ぶかと思った葛葉は、意外にも微妙そうな顔をした。
「前のが面白かったから、ボクは大賛成だよ~」
「お前はただはしゃいでただけだったからだろ。あのときのオレの身にもなってみろよ」
「あのとき? だって翔クン、途中で寝ちゃったじゃない」
「バカか。そこに至るまで色々あっただろうがよ!」
 加修の頭を小突いた葛葉が盛大なため息をついた。
「とにかく当分は遠慮したいぜ。せめてオレの心の傷が癒えるまではな」
「では、お酒は一切出さない方向でいかがですか?」
 気が付くと葛葉の背後に東條が立っていた。さらにその背後には、のほほんとした顔の柳が立っている。
「そうすれば酔っぱらいなど出さなくて済みますし」
「酒がない……ってことは、居酒屋とかじゃなくてってことかよ」
「はい。學園内にある僕の秘密の場所でお茶会などどうかと思いまして。それでしたら加修先生がお好きな甘いものも堂々とご用意出来ますし」
「海里クン、それホント!?  ケーキとか、クッキーとか、アイスクリームとか!?」
「あとはスコーンやアップルパイもあってもよさそうですね」
「わぁ……、ボクそれでいい! 翔クン、みんなでお茶会やろう!?」
「あー……うーん……なんつーかなー……」
 加修にガクガクゆさぶられながら、葛葉が曖昧な返事をする。乗り気ではない彼の気持ちが痛いほどよく分かった。
(アルコールがない、というのは……それはそれで……)
 面倒そうだ、と加修を除いたこの場の全員が思ったに違いない。柳ですら困ったような苦笑いを浮かべている。
「海里、加修先生と二人だけで盛り上がらないでください。凪原先生や志奴先生の意見も聞いてからにしないと」
「あぁ、そうでした。僕としたことがつい」
 ぽんと手を叩いた東條がこちらを振り向く。
「いかがですか? 志奴先生、凪原先生」
 一応問いかけの形を取ってはいるが、東條の微笑みにはどこか有無を言わさない雰囲気がある。眼帯の奥の瞳までは笑っていないのではないかと思うと冷やりとした。
「まぁでも現実問題、期末試験も近いことですし……しばらくは問題作成や採点などに時間を取られることになると思いますよ」
 とっさにそう口にした志奴に、今このときばかりは感謝したくなった。
「そう、それだ要! 期末試験でそれどころじゃねぇって話だよな!」
「えぇー……お茶会早くやりたいよー。期末試験を後回しにすればいいんじゃないかな!」
 みるみる内に頬を膨らませた加修が無茶なことを言い出す。それを嗜めたのは柳だった。
「そうはいきませんよ、加修先生。生徒たちは今期末試験に向けて一生懸命勉強しているのですから」
「でも~」
 駄々をこねる加修に笑いかけながら、東條が寂しそうな声で言う。
「そうですね、残念ですが、この話は期末試験が終わってから改めて、ということで」
「あぁ、そうだ。海里。早く食堂に行かないと昼休みが終わってしまいますよ」
 そんな東條の背中を押しながら、ホッとした表情を浮かべた柳が職員室を出て行く。
「ぶー……」
「ほら機嫌直せよ、レム。今日の夜飲み屋に連れてってやるから。そこで甘いもんいっぱい食え、な?」
「みんなと一緒がいいのに~……っていうか翔クン、全然甘いものに興味がないんだもん。つまんないよー」
 加修のふくれっつらの前では、葛葉が先程までよりは明るい顔で苦笑している。
 そうしてちらりと横を伺うと、志奴も安堵したような表情を浮かべていた。
(何も解決してない、けどな)
 目の前の期末試験だけでも厄介なのに、それを乗り越えてもまだ面倒くさいお茶会が待っているのかと思うと、目の前が真っ暗になるようだった。
 
 もやもやした頭と心をすっきりさせるために煙草を吸いたい。
 甘いものの話ばかり聞いて焼けてしまった胸に、思いっきりブラックのコーヒーを流し込みたい。

 その欲求に勝てなくなって、数学準備室へと向かうために席を立った。
 パソコンが付けっぱなしになっていると志奴に呼び止められた気もするが、他に気を回す余裕も失せていた。
 そのまま志奴を無視して職員室を出る。皆食堂へ行ってしまって人気もまばらになった静かな廊下に、盛大なため息が響き渡った。
 「もっと早くに、こうしていれば良かったのかもな」
 志奴先生の手指が私の頭を撫でながらそう言った。卒業式の後に呼び出されたのは特別教務室。私が先生の思うような生徒になったことがよっぽど嬉しかったらしい。指先から伝わるのは同情などといったそれとは違う、明らかな温もりが感じられた。
「そうしたらそんな顔をさせなくて済んだのかもしれない」
 自嘲するように、先生が苦笑する。私がどんな顔をして、それを見て笑っているのか私には分からなかった。人の感情はもちろん、自分の感情ですらもう分からなくなってしまったのだから。ただ志奴先生に怒られないように。志奴先生に「いい子だ」と褒められるように。自分の感情なんてものに目をつむり、志奴先生の思うがままにこの身を使っていく。刃向うよりも従ったほうが自分を守ることができると気が付いたのは、いつだったか。
「俺はただ、君を品行方正な生徒に仕立て上げたかったんだ。皆から注目を集め、手本にするような生徒に」
 お人形遊び、と言っても過言ではないのかもしれない。私という人形に、校則を守る良い生徒、という服を着せる。それで志奴先生の思い通りの私が出来上がる。先生にとって人形は誰でも良かったのだろう。たまたま私が一度特別指導を受けたというだけの理由で。
「君は見事にそれを成し遂げてくれた。俺の自慢の生徒になってくれた。先生はうれしいよ」
 にっこりと笑いかける善人顔はあのときの指導官と同じとは思えなかった。
「けれどそれも今日で最後だ」
 先程の宣言通り、今日で私は先生から解放される。自由になれる。……今さら。今さら自由を与えられても私はどう生きていけばいいのか分からない。志奴先生の従うままにこの學園生活を過ごしてきた。すべてすべて、全部、志奴先生の言うとおりに過ごしてきたのに、完璧なお人形に仕立て上げたら、もうそれで用済み。私は捨てられ、志奴先生の外の世界で生きていくことになる。選択もなにもかもを自分がしなければならない。
「ほら、頭以外にも撫でてほしいんだろう?」
 頭を撫でていた手が頬、うなじ、肩へと順々に下がってくる。分厚いブレザーが感触を緩和していて少しもどかしい気持ちがするのかもしれない。記憶にないぐちゃぐちゃした感覚がせり上がってくるようだった。
「もっと……もっと、撫でてください」
「欲張りだな」
 ふふ、と志奴先生が笑うのできっと楽しいのだろう。楽しくないのに笑う人間なんていないと思うから。それなら私はこのままでいてもいい。全ては志奴先生のために。
 ぎゅっと頭を抱き寄せられ、耳に唇を寄せられた。
「俺は……もしかしたら」
 もったいぶりながら志奴先生がゆっくりと話す。
「君のことが好きだったのかもしれない」
 フラッシュバックするのはあの雨の日の出来事。怖い顔をして助けに来てくれた志奴先生のことを思い出す。あの時から、だ。おかしくなったのは。かちり、かちりと回っていた歯車が噛み合わなくなったのは。もしもあの時以前に戻ることが出来たのなら私は志奴先生のことをもっと違う目線で見たいたかもしれない。それこそ、先程志奴先生が言ったような感情で。
「どこで間違えたんだろうな……。いや、間違えてはないんだ。間違えてないのに、どうしてかな。俺は君を手放さなければいけない気がしてならないんだ」
 少しだけ顔を上に向かせられ、顔が近づいたと思ったら唇が重なった。強く貪るように。
「気持ち良い……か?」
 素直に頷くと、満足したように先生がもう一度重ねてくる。しつこく、じっくりと犯すそれは確実に私の中の何かを剥ぎ取っていく。たとえば、理性、と呼ばれるものを。自分から求めるように動かすと吸い付かれる。息苦しくなって先生の肩を叩いてやっと離してもらえた。失った酸素を求めるように呼吸をしていると今度は重ねるだけのキスがされる。
「本当はこんなことをしたら俺まで特別指導だ」
 先生の親指が私の口許を拭う。酸素が頭まで回ってこない。ぼうっとした意識を醒ますこともせず、ただ荒く息をしながら先生の肩にもたれかかった。失ったはずの感情が、少しずつ戻っていくような気がする。嬉しい、悲しい、酷い、楽しい。そんなありきたりな感情ではなく、もっとどろどろした、快楽とも呼ばれる感情が目を覚ます。
「先生」
「なんだ?」
「もう一回、してください」
 了解の合図もないしに瞬時に唇を重ねられる。このまま時間が止まってくれるなら。このままずっと、こうしていられるのなら。このままずっと、貴方を感じていられるなら。感情なんてとうの昔に忘れたはずなのに。貴方に私の全てを掻き乱され、犯されていく。もう戻れないところまで深く堕ちていく。
 志奴先生が好きかと聞かれれば、どうとも答えられない。私の全てを決定する人、としか言えない。けれどもしも戻れるのであれば、志奴先生が好きだと答えたのかもしれない。芽生え始めていた苗は花を咲かせる前に枯れてしまい、依存という形に朽ちていった。従えば先生は褒めてくれる。私にはそれだけでよかった。……良かったはずなのに。口づけの中に混じってきた、確かに感じる愛情というモノのせいで、私の基準が崩れていく。
「私を……」
「君を?」
 私は志奴先生にどうしてほしい? 何をしてほしい? どう、なりたい?
「私を狂わせて……」
 すでに狂っているといっても間違いではない。感情を失い、人形に成り下がった私を人は狂っているというだろう。けれど私の中でそれは普通なことだ。それ以上にもっと。貴方が「いらない」と言わなくなるくらい、貴方に依存してしまいたい。全て身を捧げて。
「離れたくない、と?」
「…………」
「それはできない。君は最優秀模範生徒としてこの學園の誇りにならなければいけない。いいね?」
 ああ、その声が。
 その言葉が。
「……はい」
 私を縛りつけていく。
 もう、引き返すことのできない、あの時間。
 ここで貴方との関係が切れるとしても、私は一生、貴方のその言葉を背負って生きていくのでしょう。貴方が私のことを忘れたとしても。抗うことのできない人。抗うことのできない言葉。貴方から離れて、もし感情を思い出すことが出来たのなら、貴方に抱く感情は何色ですか?
「さぁ、もうそろそろ下校時間だろう? 校門まで送っていくよ」
「ありがとうございます」
 肩を抱かれながら、先生に連れていかれる。このドアを越えてしまえば私は自由だ。自由になったのなら何をしよう。貴方を忘れようか。貴方を想望しようか。それとも、貴方の言葉を全て捨てようか。



~Invisible emotion~
(貴方を想い出すまで、あと――。)

(柳×ヒナ/崩壊ED後アフター未満)


   終わりのないバロン・ダンス



 それらの戦いに果てはなく、終わりもなく。

 あるいは、それに終わりの時が訪れるとしたら。


 ++++++++++


「…どうしよっかなあ…」

 人気の少ない放課後の図書室。広く、巨大な本棚を前にしてヒナは小さな――しかしそれでいてかなり切実とした思いで――ため息をこぼしながら、途方に暮れていた。

(春休みの宿題が、読書感想文だけって聞いた時は楽そうだなって思ったんだけどな…)

 時刻は帰宅時間も間近。窓の向こうで昏々と沈んでいく夕陽と同じように、彼女の胸中は暗い渦を巻いていた。
 昨日のHR中、ヒナは担任のその話を極めて楽観的な気持ちで聞いていた。思わず春休みは少しゆっくりできるかな、なんて少しわくわくしたくらいだ。
 しかし今となっては、配られた概要のプリントをその場でしっかり目を通さなかった自分を呪うばかりだ。
 ここは聖クリストファー學園。そんな甘い学校ではないのだと、プリントを片手にヒナはそれを痛感していた。

(というか、規定文字数が最低4000文字以上って、これもう感想文じゃないよね、軽い小論文だよね…)

 改めて読み直してみると、またため息が漏れる。今となっては、出来もそのようなものを求められているのだろうと想像がつく。

(しかもこの指定図書のリスト! これもちょっと、あんまりだよね!)

 誰に同意を求めるわけでもないが、ヒナは思わず心中でそう叫びながらプリントの端をくしゃりと握り締めた。
 ずらっと概要のさらに下に並ぶタイトルは、どれもこれも、とても一般的な高校生が読むような本とは思えない。なんなんだ『脅威の人体実験 逆噴射亀虫編』って。(恐らく、某科学教師のオススメかと思われる)
 この偏った選書は、いっそ嘆きを通り越して怒りさえ湧いてきそうだ。
 ならばせめてとその中から比較的内容の易しそうな本を調べて探しに来たものの――残念ながら、そう考えたのは自分だけではなかったらしい。
 目の前の――普段であれば隙間なく埋まっているはずの――本棚の中は、今やすっかり焼け野原だ。
 他の図書館や本屋を利用するという手もあるが、取り寄せまでの時間がネックだ。なにせこの課題、出だしが遅れてしまえば遅れてしまっただけ痛い目を見そうな代物だ。ましてそれが原因で内容がおろそかになってしまえば、それこそ恐ろしい事態になりかねない。断固として、それは避けたいのである。

「うう…昨日やたら図書室の周りが殺気立ってたのってこういうことだったのかぁ…」

 そうぼやいたところで、過ぎた昨日は戻ってこない。隙間だらけの本棚を睨みながら、ヒナは頭を抱えた。
 ――あるいは、昨日のHR後、教材の整理を手伝わせた教師を恨むべきか。

「―――」

 不意に、ヒナの脳裏に前日の放課後の記憶が蘇る。
 夕方の号令。担任がその日の終業を告げると、教室はささやかな解放感で包まれる。
 帰宅へ急ぐクラスメイト、部活に向かう友人。ヒナもまた、その雑踏の中に混じろうとしていた。
 けれどあの人は。…“彼”はそんなささやかな逃げ口さえ、自分に許しはしないのだ。
 教室の扉をくぐり、廊下を歩ききって、赤い光の差す階段に一歩、足をかけた時。

『川奈さん』

 ――甘い声が、聞こえた。

「………やめよう」

 頭の中でその声まで蘇りそうになったのに気付いて、ヒナは慌てて首を振る。
 結局は自分の不注意と油断が招いたことだ。昨日のことを嘆いても、それは八つ当たりにしかならない。
 だから“彼”は関係ない。…関わらせるものか。
 内側から自分を蝕んでくるような暗い感情を振り払うように、ヒナは俯きかけた首を上げる。

「…ん?」

 その丁度瞬間、首を上げたヒナの視界に、一枚のプレートが飛び込んだ。

「神話、伝説のコーナー…」

 プレートに刻まれた文字を、ほとんど反射的にヒナは読み上げる。
 それは棚の中の本ばかりを睨んでいた彼女にとって、新鮮な言葉のように感じられた。

「…あ!」

 不意に、彼女の中で小さな閃きが弾ける。
 慌てて手元のプリント――指定図書リストのさらに下に記された文字を読み返すと、その希望は確信へと変わった。

《――なお上記の指定図書以外、神話・伝説・伝記などの文化的書籍のみ選択を自由とする》

 瞬間、ヒナはここが図書室だということを一瞬忘れ、「よしっ」と小さな歓声を上げた。
 のみ、という条件のつくそれを果たして本当に“自由”と表現できるものなのかは甚だ疑問だが、とにかくこれで選択肢は一気に広がる。あとは、そこからなにを選ぶかだ。
 よしっ、とヒナは今度こそ前向きに、顔を上げることができた。

(そうと決まったら、急がなきゃ!)

 時計を確認してみれば、残された時間はわずか。下校時間までにテーマとなる本を見つけなければならない。
 ささやかな望みを頼りに、ヒナはプレートの示す、書架の奥まったその場所へと向かう。
 夜は刻々と、迫っていた。


 ++++++++++


「うーん…やっぱりこっちも結構貸し出されちゃてるなあ」

 一縷の望みで訪れたコーナーは、当たり前といえば当たり前か、やはりその本棚の中も、普段より随分とがらんとしている。知名度の高い、西洋の神話などは特に人気だったようで、ほとんど全滅のようだ。
 が、それでも先程の惨状よりははるかにマシだ。メジャーなものにこだわらず、それでいて少しでも自分が興味を持てるような題材のものが見つかれば、上々だ。
 隙間の多い棚の前を歩きながら、ヒナは残ったタイトルを目と指で追っていく。

「…ん?」

 ふと、背表紙を辿っていたヒナの指先がぴたりと、一冊の本の前で止まる。
 それは他の本より厚みがなく、代わりに背の高さで存在を主張しているようだった。指先で撫でてみた感触も、周りの上製本とは違い、つるりとしている。
 この独特な触り心地とは――写真集などのそれに近いだろうか。
 表紙を彩るのは鮮やかな空色。いかにも南国という雰囲気の景色だが、目をひくのはそれでけではない。

「…バリ島の伝承?」

 気付けばヒナは、吸い込まれるようにその背表紙をとり、あまり耳慣れないその国の名前を口にした。
 表にして見た表紙は、やはり見事な空の写真で飾られていた。けれどもその穏やかな空の下にあるのは黄金色。恐らく、動物かなにかだと思うが、それがなんなのかはわからない。
 ぱらぱらとページをめくってみると、さらにこれまた、見慣れない風景の写真が目に飛び込んでくる。端には解説文らしきものがそれぞれに小さく記されていたが、内容はいわゆる初心者向けの、ごく簡素なものばかりだ。
 なるほど主だった資料にするには、あまり適した本とはいえないかもしれない。
 ――だがヒナは、なぜかその本を閉じることができなかった。
 それは単に、写真の鮮やかさに惹かれたからだけではない。

(バリ島に伝わる、聖なる獣バロン。そしてそれと対なる存在の、魔女ランダ)

 噛み締めるように、ヒナは頭の中でその一文を繰り返した。たった一文、そこに書かれた短い概要に、ヒナは目を離すことができなかった。
 それがなぜであるか、考えることもできないほどに。

(…川奈さん?)

 ――耳の奥で、再び“彼”の声が聞こえた気がした。

「……っ、」

 けれどヒナは、今度はそれを振り払いことができない。
 まるでとりつかれたように、彼女はその本と声から、逃れることができなかった。

「――閉館時間まで、あと20分です。貸し出しがまだな方は、急いでくださーい」
「……ぁ、」

 茫然としていた時間は、恐らく、数分も経ってはいなかっただろう。
 けれどヒナは、背後からした図書委員の声でようやくここが現実であることを思い出したようだった。弾けるように意識と目が覚め、それから一拍してから、かけられた言葉の意味を飲み込んだ。
 そして、時間がもうないことに気付く。

「本は決まりましたか?」
「あ…は、はいっ」

 しかし不思議と、返事をするヒナの声は落ち着いていた。先程までの焦りが嘘のように心は穏やかで、さざ波もない。
 それから、ヒナはごく自然な動きでカウンターへと向かった。
 空色の表紙が手の中で、窓から差し込む茜色の光に照らされた。


 ++++++++++

 ――バロンとランダは、バリ島に伝わる聖獣と魔女である。バロンは太陽と若さ、解毒を象徴する精霊の王、ランダは夜と病、老いを象徴する魔女とされる。
 対である二体は常に戦い続ける関係にあるが、その戦いは決して終わることはない。



「綺麗な空…」

 ぱらりと、枕元で広げた大判なその本を、ヒナは恍惚としながら眺める。
 自宅の一室。白いシーツの上で南国の空の色が、一際鮮やかに映って見えた。
 なんとなく、勢いで貸し出してみた本であったが、これがなかなか面白い。
 あくまで初心者向け、の内容ではあるが、今までほとんど知ることのなかった国の文化や神話は、開けてみればどれも新鮮で、短い解説文も一つ一つ、十分に読み手の好奇心をくすぐった。
 また写真もどれも素晴らしいもので、随分読み進めた今も少しもあきが来ない。一枚一枚ページをめくっていくのがとても楽しかった。

「バリ島かあ…葛葉先生に聞いたら、どんな国か教えてくれるかな」

 ぼんやりそんなことを考えながら、また一枚、ヒナはページを進めた。

「あ、」

 ――が、不意に、読み進めていた目が止まる。
 そこに広がっているのはやはり美しい風景の写真と小さな文章欄だ。けれど今、ヒナの目をひきつけたのは、澄み渡った空でも、生い茂る木々の緑でもない。
 それは表紙を飾っていた、きらびやかな獣。そしてその獣ともつれ合うようにしている、暗い色の女。
 さすがに、これだけ読み進めていればそれがなんなのかはすぐにわかった。

(バロンとランダ、か)



 …バロンとランダはそれぞれ善と悪、光と闇を表す存在であり、ゆえに相容れず、戦い続けるが、その争いに決着がつくことはない。
 それは善と悪が表裏一対の関係であり、世界はこの二つが共にあることによって均衡を保っている。その真理を示すのが、バロンとランダなのである。



(真理…)

 その一説を読み終えると、南の空に思いを馳せていた日なの心は、急に重力を持って現実へと戻った。
 ――否、“現実”というのも、本当は少し違うのかもしれない。

「………」

 すくりと、ヒナは横たえていた体を起こし、ベッドから降りる。
 その足取りと気持ちはどこかぼんやりとしていたが、それでも、やるべきこと、やりたいことは決まっていた。
 机の前に座り、パソコンのスイッチを入れる。

「…葛葉先生、まだメールチェックしてるかな」

 そう呟いた声も、やはりぼんやりとしていた。


 ++++++++++



『貴様が生きている限り、我は現われる。お前を倒すために、何度でも』

『そう、知っているとも。私もまた、お前が生きている限り蘇り続けよう。お前を八つ裂きにするために、何度でも!』

『ああ。ならばもう迷うことはない。たった今から我の全身は、ただお前の息の根を止めるためだけに、熱く焦がれる!』




 ふあ、とあくびが一つこぼれる。
 あたたかな日差し、やわらかな風の心地よさに目を細めながら煉瓦道を歩きながら、ヒナはついでに、んー、と背筋を伸ばした。
 全身をしならせながら見上げた空は雲もなく晴れ渡っており、あの本の写真とよく似ていた。

「ん、んっー……いい天気」

 瞼をこすりながら浴びる陽光は、気持ちがいい反面、しかし実のところほんの少し目にしみた。

(結局ギリギリまでねばちゃったもんなあ…)

 春休み中、まるでなにかにとりつかれたようにヒナはあの本を読み続け、そこから神話に纏わる書籍や情報も貪るようにかき集めた。
 お陰で課題はなんとか完成したが――休みの初日から取り掛かったにも関わらず、“なんとか”だ。といっても、それはヒナが当初危惧していたものとは、正反対の理由であったが。

(うう…眠いなあ。昨夜はもうちょっと早く寝ておけばよかった)

 これでは春休みのための課題ではなく、課題のための春休みだったのではないかと我ながら思う。鞄に詰めこめれたその紙束の厚みと重みが、より自分に対する呆れに拍車をかけた。

「HR中に寝ちゃたりしないように気をつけないとなー…」
「なにを気をつけるって?」

 ――瞬間、春の陽気が霧散した気がした。
 心臓を氷で貫かれたような冷たさと衝撃で、全身を震え上がる。有り得ない距離から聞こえたその声は――そうであってほしいとは思ったが――しかしヒナの脳が作り出した幻聴ではない。
 優しい声だった。けれど彼女は、その声の底にある彼の暗い本性を――恐らく誰より――知っていた。

「……っ!」

 体が、神経が、後ろにいるその人を拒絶しようとしている。けれど本当にそうするのは癪で、反射的に逃げ出しそうになる足をヒナは必死にその場に縫い付けた。
 動揺しているところを見せるのは、絶対にいやだった。だからヒナは、務めて笑顔を作りながら、首を背後に向ける。

「…おはようございます、柳先生」
「はい、おはようございます。川奈さん」

 振り返ってみると、まずその距離の近さにぞっとした。目と鼻の先、というくらいだろうか。(どうしてこんなに近くである必要があるのか、思わずヒナは問い詰めたくなった)
 終業式ぶりに見た彼の表情は、やはりその時から変わらず、優しい笑顔の“柳先生”だ。

「随分、頑張っていたようですね。目の下に少し隈ができてますよ」
「…はい。課題ができたのが、昨日の深夜だったので」
「ああ、なるほど、宿題の…けどいけませんよ、あまり夜遅くまで起きていては。学生の本分とはいえ、体を壊しては元も子もありませんからね」

 …あくまで優しい教師として言葉をかけてくる彼に、しかしヒナは苦い思いがこみ上げる。
 この仮面の精巧さにはいつも驚かされるが、しかし見習おうという気には到底なれない。
 とはいえ、今はまだ他の生徒の往来も多い時間帯だ。あまり露骨に邪険にして、険悪な空気を出すわけにはいかない。実際、目の前の彼もそう思って自分に笑顔を向けているのだろう。
 …の、はずだったのだが。

「そういえば、葛葉先生から聞きましたよ。春休み中は、随分熱心だったとか」
「え?」

 唐突に上がったその人物の名前に、張り詰めていた警戒心がわずかに切れる。
 それはこの春休み、彼女が特に世話になった人の名前だった。なるほど、同僚である彼なら、そんな話が本人から伝わっても不思議ではないかもしれない。
 けれど、それでも合点がいかなかった。
 普段の彼であればもう一言二言、優しい言い回しで包んだ嫌味をぶつけてくるのだが。――そう思っていると、柳はにっこりと、笑みをさらに深めながら言葉を重ねた。

「…その様子だと、春休みの宿題はばっちりみたいですね?」

 顔面通り受け取るなら、それはなんてことはない、普通の“教師らしい”言葉だ。
 だがヒナは、そのわずかに開かれた瞼の隙間から、声色とは正反対の、冷たい嘲りの光が宿っていたのを見逃さなかった。
 演技派の彼にしては、珍しくわかりやすい挑発だ。喧嘩を売っているといってもいい。
 要約すれば、『若い教師と遅くまでよろしくやってて、宿題とか大丈夫なわけ?』というところか。

「…はい、それはもう、ばっちりです!」

 だからヒナも、渾身の笑顔でそれに応えてやった。
 ばちりと、二人の間に走った電撃のような音は、決して季節外れの静電気などではない。うららかな春の朝、そこだけ異様に冷たい空気が漂っていることに気付くものは、恐らく誰もいなかった。

「…おっと。そろそろ時間ですね。急ぎましょうか、川奈さん」
「…そうですね」

 延々と続くかと思われた緊迫した空気は、しかしチャイムの音で打ち破られる。
 促されたものの、ヒナの心中からはもう先程までの朝の爽やかさはすっかり消えてしまっていた。(同時に、眠気も吹き飛んでくれたのは、まあよかったかもしれないが)なにが悲しくて新学期早々こんな苛つく登校をしなければならないのか。
 だがそれは恐らく、隣の彼にしても同じ重いだろう。現にさっきまで(表面上だけとはいえ)友好的に話しかけていた口は、今はぴくりとも動こうとしない。
 だったら最初から声などかけてこなければいいのに。
 ――けれどそれはきっと、無理なのだろう。
 それは柳に限った話ではなく、ヒナ自身も、そうできないだろうと自身で思ったからだ。
 あの笑顔の下にある狂気を知っていながら、どうして自分はこの声に振り返ってしまうのだろう。出会った頃の、幸せな時間は一瞬だったというのに、ヒナはどうしてもそれを忘れることができずにいる。

「……」
「………」
「…………なんですか、先生」
「……いえ、別に」

 ふとした瞬間、横から視線を感じる時がある。実際、何度から目が合うこともあった。
 どちらかが視線を向け、どちらかがそれに気付いて、目を逸らす。そんな愚かで滑稽なやりとりが幾度となく繰り返された。

(…変なの)

 いつも、こうだ。憎いと思うのにその存在を心から消すことができず、疎ましいと思うのに視界にいないと落ち着かない。
 その視線にお互い甘い含みなど欠片もないというのに、まるで相手がそこにいるのを確かめるように、二人の視線は絡み合い、その度に離れた。
 奇妙だと、思う。この関係は、あるいは納得がいかないともいえる。けれど、そうせずにはいられない。


 ――バロンとランダは善と悪の表裏一体の真理を表し、その戦いは決して終わることはない。
 たとえどちらかが打ち倒されても片方は蘇り、彼らの戦いは永劫続くのである。


「…あ」

 その瞬間、唐突にヒナの中で二本の糸が繋がった気がした。雑然としていたもののなにもかが整理され、目の前が開けていく。

「…どうしました? 川奈さん」

 漏らした声が聞こえたのだろう、柳が怪訝そうにこちらを見る。
 しかし閃きで自分の中の憎悪が――ごく一時的にではあるが――平らかになっていることに気付かないヒナは、その視線を真っ直ぐに受け止める。
 それが意外だったのだろう、柳はいつものその穏やかな表情を、わずかに歪める。

「……なんですか?」

 尋ねられたが、ヒナにはほとんどそれが頭に入って来なかった。彼女の脳裏を今駆け巡っているのは、この春休みの間、彼女が追い続けていた神話と、そして自分達のことばかりだった。

(善と悪、光と闇。終わることのない戦い、)

 光と闇は、相容れることはない。けれど確かに、分かつことはできない。互いのことを認めず、けれどそこに在るということは誰より知っている。
 どうしようもなく憎いのに、どうしようもなく心から離れない。
 それは“彼”の在り方を嫌悪しながら、“彼”の存在を否定できない自分のようなものなのだろうか。
 あるいは、憎悪してやまない存在を、それでも目を逸らさず睨み続ける“彼”もまた、同じなのだろうか。

「……なんだよ、さっきから」
「…いえ」

 彼と自分の関係は、真理なんて大それたものではない。あくまでこれは、相容れない人と人の戦いだ。――けれど善と悪が一対であり、本当にそれが決して分かたれることのないものであるなら。

 冗談じゃない、と思う。永遠に、こんな戦いが続くなんて、なんて不毛なのだろう。
 だが、一番冗談じゃない、と思ったのは。

「柳先生と私の関係は、きっとこれからも変わらないんだろうなあって、思っただけです」
「は?」



 ――そんな未来を、ほんの少しでも甘いと感じてしまった、自分自身だ。





【バロン・ダンス】

 インドネシアの祭日に行われる舞台(チャロナラン)劇。
 バロンとランダの戦いを描く悪霊払いの舞踏であり、バロン・ダンスを踊るものはしばしばトランス状態になったという。
人形エンドより数年後




都会の空は狭くて四角い
いつもなら窓もないほどの空間だけれど
その日は違っていた。

広い窓
眼下に広がる夜景は澄みきった空気の中かやけにキレイに見えた。
「随分と奮発したんだな」
「えぇ…だって今日は特別な日ですから、頑張ってアルバイトしたんですよ?褒めてください」

腕の中ガラスを背に振り返ると、くったくのない笑みが一瞬曇った。
「何回目の電話だ?出てやれよ」
何度か鳴ったメールに電話
わかっていて落とさなかった電源
全てはこの瞬間の為の計算
「ですね…ちょっと静かにお願いします」
「おい…っ」

焦っ顔
ほんとに出るなんて思っていなかった顔だ

「はい…ごめんなさい中々でれなくて。うん…折角の日なのに会えなくて…嫌われたって仕方ないわよね」

眉間によった皺にそっと唇を寄せる
その瞳は一瞬大きく開かれて満足そうな笑みへと変わった。

男なんてほんと単純。

電話越し、いかに会いたかったと愛を語りながら
指先は彼の服を紐解いていく。
上着を落とし、シャツのボタンをゆっくり外していく。

煽る触れ方
露になった胸元に触れる程度に唇を寄せていく
勿論痕など残さない

そんなもの必要ないから

欲しくないという訳じゃない
今は欲しい
けれど
自ら堕ちてくれなければ意味がないから。

あの日まっすぐ向けた思いは届かなかった
だったらその身で自ら堕ちればいい。

電話越し聞こえる相手の声
台詞も丸聞こえだ。

そして視線を向ける
視線はまっすぐ彼をみつめながら
微笑みを浮かべて
呟く

「愛してるのは貴方だけよ」


目元は笑っている
どうしようもない女だと蔑む視線
だけどわかってる
その小さく食んだ唇の仕草は怒りと苛立ち

そうもっと堕ちてくれなくちゃ意味がない

荒々しい手つきで落とされていく衣服
カーテンは閉めてない
背中に広がるのは眩い光の夜景だ。

電話を切ると同時に重なった唇は吐息まで熱い
そう…もっと欲しがってくれなくちゃ
その為ならなんだっていい。

「悪ぃりぃ女…いつからそんな女になったんだよ。相手…年近くても遠くても罪の意識もないのかよ…変われば変わったもんだ」
「似合いませんか?…それともこんな風になった私はもうイラナイですか?」
「・・・・・・・・・最低だな。ひっでぇ女・・・・まぁ女なんてそんなもんだしなぁ期待なんか最初からしてねぇし」
「で…もう捨てますか?」
「いいやぁ…別にわかっていただけだ問題ない。今の生活が変わらなければ問題ないそれがスタートだったろう?」
「ですね…」

そっと組んだ脚を入れ替える。
ふわっとした浮遊感
抱き上げられておろされたのはベッドの上

手はしきりに脚をなぞっていく

「脚…お好きですよね…」
「あぁ…お前のは特にな…」
「愛されるための努力はしているんですよ…じゃないと捨てられちゃいますから」
「そりゃ…愛でてやらなくちゃならねぇなぁ」

唇を寄せては満足そうに触れていく

この人は知らないキスの意味なんて

ふとももは支配
かかとは服従
つま先は崇拝

言葉ではどう言っても私からは逃れられない。

「んっ…もう時間少ないんでしょう?」
「今夜は…つーか朝までいられる…嬉しいかぁ」
「折角のバレンタインなのに…奥様はいいんですか?」
「お前こそいいのかよ…俺なんか相手してたら嫁にもいけなくなんぞ」
「心配してくれてるんですか?別に結婚に夢なんて求めてないですし…今は先生が一番ですから」
「今は…かまぁそれくらいがいいんだろうなぁ」
「ですよ…我慢のできない悪い子には指導が必要なんですから」
「…くっ…そうだったなぁ…しっかり指導してやんねぇとな…」

「そう…本当に結婚でもしたらそれで先生とも終わり…なーんて同じように壊さなければ会ってあげてもいいかも」
「随分染まっちまったもんだな…まぁ認めるようになっただけ進歩というべきなんだろう。ほら…ご褒美だ…」

顎にのびた指
一度重なった唇が首筋そっと証を刻んだ

「…ご褒美じゃなくて罰じゃないんですか?」
「あぁ…そうともいうな…まぁ他の男にする言い訳でも考えればいい…今日はバレンタインだしな…ゆっくり齧ってやるし舐めてやるよっつか…味合わせろよ」
「一人で味わうなんてズルイですよ…私にも味合わせてください」
「勝手に味わえばいいさ…それだけのもん抱えながら出向いてるんだ。楽しませてもらうだけだ」


馬鹿な人…。
コーティングされた愛を知らないで毒に犯されればいい。

犯されてることすら気づかせないことなんて簡単なこと。
蜂蜜の媚薬
そんなものよりもっと罪深い
甘い毒薬
それを教えたのは先生…なんだもの。
『寄り添う二人』
                 葛葉×加修 著:しのぶ様

世界史準備室で葛葉がソファーに座り、明日の授業の準備をしているとドアが開く音がした。

「翔クン~」

そこにはレムが手をさすりながら寒そうに立っていた。

「中に入っていい?」

「あぁ、いいけど…邪魔すんなよ?」

「うん」

レムは笑みを浮かべ、返事をする。

しばらく部屋の中を見回していたがレムは葛葉の隣に座りはじめる。

葛葉の身体に自分の身体を預けた。

「レム?」

「翔クンの身体、温かいね。ねぇしばらくこうしてていいかな…?」

レムは目を閉じ、葛葉に話しかける。

「まぁ…別に構わねぇよ」
葛葉はレムに身体を密着させられるのも悪くないと思いそのまま準備を続けた。
数分後。

葛葉は準備を終わらせ、隣を横目で見るとレムは寝息を立てて眠っている。

「レム?寝てんのか…」

そう呟くと葛葉はレムの寝顔を愛しそうに見つめ、そっと頭を撫でる。

二人の間には穏やかな時間が流れていた。

Members

執筆者様リスト(50音順・敬称略)

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那乃

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宮原要

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Yuko Rabbit(special thanks)

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